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機械化人間の無駄話

序文 / 01

 あの日、僕は人間をやめた。機械の身体を手に入れたのだ。
 「人間」という言葉の定義をどうするのか、という問題は残ったままだけれど、おそらく今の常識に照らし合わせれば、全身が機械と化したぼくを人間とは呼べないだろう。それほど、人の世の常識はフレキシブルなものじゃないと思っている。
 まぁその、なんで機械の身体なんかになったのかという顛末はまた今度機会があれば話すことにして、これからのぼくの生き方というものを考えなければならないだろう。…とか言っていると、今度は「生きる」という言葉の定義に、ぼくが当てはまるのかどうかという問題が脳裏をよぎるが、そんな事をいちいち気にしていては話が進まないので、まぁここは深く考えないことにさせてもらいたい。
 ええっと…なんの話だったか。あぁそうだ、これからのぼくの生き方の話だ。まぁ、そうだな…。気ままに、無為に、時間を使うために生きていこうと思うんだ。少なくとも、生き急ぐ必要はなくなったんだから。
 あぁ、気になさるかもしれないが、「まぁ」とぼくは多用したがる。癖のようなものだ。ご理解いただければ幸いである。

― 機械化人間の無駄話 ―

 しかしまぁ、機械になってまず素晴らしいと感じたことは、なにより「取り替え可能」なことだろう。肌を切ってしまった、脚を折ってしまった、目が見えにくくなった、思考が遅くなった、物忘れが酷くなった…等々。生身で生きていれば面倒くさいことにこういった問題が多々あるのだが、今となってはその面倒は無縁だ。肌を切ったのなら、貼り替えればいい。脚を折ったのなら、補強するか、脚ごと取り替えればいい。目が見えにくくなったのなら、眼球を取り外してクリーニングするか、これもまた目ごと取り替えればいい。思考が遅くなったのなら、中央処理回路を最新の性能のものにアップグレードすればいい。物忘れ…についてはそもそも全部保存するのだからそういったことはあり得ないのだが、もし記憶容量が足りないのであれば、補助記憶装置を増設すればよいだろう。もしくは、いっそ記憶そのものをクラウドサーバーに持たせるというアイディアもあるだろう。
 そもそも、どういった原理でぼくが機械になっているか?どうやって動いているのかだって?いやいや、そんな野暮なことは聞かないでおくれよ。そこはほら…都合の良い技術が使われているんだよ。コミック力場的なヤツだ。ギャグ漫画で、ヒロインのパンチを受けて主人公が夜空のお星様になるような表現があるだろ?あれを見てわざわざ「ヒロインの女の子に、人間を一人宇宙に吹き飛ばすような力があるはずがない。そもそもそのような力が仮に出せたとして、人体がその力に耐えられるはずがない」なんて言うような輩に、友達は出来ないだろう。君が言おうとしているのは、そういう類の話だよ。だから、友達との縁を大事にするのなら、ぼくの成り立ちにも深く考えないことが正解だ。
 まぁ話を戻して、そんなわけで、見事に全知全能と化したぼくなのだが、じゃあこの素晴らしい機械の身体を使って、なにかをしてやろうと強く意気込んでいるわけではないのだ。金儲けをしてやろうとか、名声を得てやろうとか、世界征服をしてやろうだなどとこれっぽっちも考えていない。もちろん、丈夫な身体を使って、人殺しをしてやろうとか、戦争してやろうだなどとも考えていない。
 じゃあ、なんのためにわざわざ機械の身体になったのだ、と思われるだろう。簡単なことだ。人生というものが、せいぜい百年かそこらでは短すぎると考えたからだ。人間の欲望は深遠なもので、満足することはない。この狭い日本という国の中でさえ、生涯すべてを賭けても全てを知ることは出来ない。世界に目を向けるともっとだ。この世に溢れる娯楽を片っ端から試してみたい、様々な文化・文明に触れてみたい、それに紐付いた様々な地域の食事を堪能してみたい、幾多と存在する様々な生き物を知ってみたい。そんな事を延々と考えていたら、気付くと機械の身体を手にしていたのだ。
 ぼくは自分が「知らない」ということがとても恐ろしく、とにかく全てを知りたかった。知った結果、後悔するようなことは沢山ある。それでも、ぼくは知らないということ自体がとんでもない罪のように思えてならなかった。もちろん、ゲームのようにこの世の全ての要素をコンプリートできるとは思っていないが、知らないことを知るという至上の喜びのため機械の身体を手にした、というのがざっくりとした理由になるだろう。
 目標というほど高尚なものではないが、「出来る限り知らないことを知っていることに変える」というのが、機械化したぼくの最大の目標だ。これからは、その目標のためだけに、あらゆる時間を使うことにする。


 01

 じゃあ何からやるかというと、「何からやるか」という問題を片付けるところからだろう。
 生身だった頃によくやっていた、テレビゲームを徹底的に遊びつくすという案もあるが、それを実行に移してしまうと数十年、いや数百年引きこもってゲームばかりをやっていた、ということになりかねないので、いったんその案は却下することにした。テレビゲームは間違いなく娯楽の頂点であると自負するゲームオタクだった僕としては、その依存性の凄まじさは他の娯楽を圧倒的に突き放すほど恐ろしいものだとも考えており、それ故に最も他を全て犠牲にしてでものめり込んでしまう。まぁ、そうすることも悪くないのだが、なにせ機械化して最初の第一歩だ。もう少し視野を広げてみることにしよう。
 …というわけで、ひとまずは特に強い目的を持たず、日本全国を旅することにした。なにせ、ぼくは日本国民ではあるが、地元の周辺と大都市など、都道府県単位で言ってもせいぜい十かそこらの地域にしか行ったことがなかったからだ。知らないことが恐ろしいだなんて笑える体たらくだが、生身の人間を続けていればその状況はそうそう変わらなかっただろう。もちろん、海外なんてもってのほかだ。
 まぁ、時間もさることながら、使える金はいくらでもある。ぼくを機械にした人がくれたのだ。なんでこんなことで大金がもらえるのかはよく分からなかったが、もらえるものはもらっておこうということで受け入れた。彼いわく、ぼくは自分の夢を叶えさせてくれた恩人らしい。だから、これっぽっちの金ではとてもその恩は返しきれないが、ひとまず受け取ってくれとも。これっぽっちがこの金額か、と貧乏人だったぼくは驚愕したものだが、まぁ彼が喜んでいるのなら無碍にするのも気が引けるというものだ。彼の真意は分からないが、特にぼくを貶めても今更仕方がないことだし、気にしないようにしていた。
 さて、ひとまずどこから行こうか。とりあえずは各都道府県ごとには滞在してみよう。今は冬だから、沖縄県から始めて、徐々に北上していくのがいいだろう。実は沖縄県は中学生くらいの修学旅行で行ったような気がするのだが、記憶があまり定かではない。機械化した影響なのか、それともぼくは元から忘れっぽかったのかは正直分からない。まぁいいや。ド定番の観光地を巡って写真を撮り、ド定番の料理を食べて分かったような感想を言って、現地の人と取り留めのない会話を楽しんで、戦争の跡を見て過去の悲劇に思いを馳せて、ゆったりと温泉にでも浸かって地酒でも呑んだりしよう。

 ……………………。

 そんなこんなで、四十七都道府県を巡ってきた。ぶっちゃけると、まぁまぁ感動したし、まぁまぁ残念でもあった。そりゃそうだ。レールの上を沿うように旅をしたら、平均的に大勢がそれなりに喜ぶものになるだろう。良く言えば万人受けで誰にでもおすすめできるし、悪く言えば代わり映えしない面白みのないものだ。
 これは別に日本の各地が面白くないわけではなくて、そういうものなんだろう。もちろん、個人的にここは良かった!と思える場所はいくつかあった。沖縄で薄いビールを呑みながら食べたゴーヤチャンプルーは苦味が程よくて美味しかったし、福岡の屋台で食べたとんこつラーメンは(機械化したとはいえ)胃袋に染みた。島根の玉造温泉ではまさに酒池肉林の大宴会だった。京都の伏見稲荷大社は鳥居をくぐりたいがために無駄に山頂まで二往復した。名古屋の味噌カツの濃さにはうっとなったが、慣れるとクセになった。興味本位で東京の通勤ラッシュを体験したら死ぬかと思った。福島の太平洋沿岸の掘っ立て小屋で居酒屋を営んでいたオッサンの話は面白かった。北海道に辿り着いた頃には夏になっていたが、過ごしやすさに感動した。
 超ざっくりで、ピックアップできなかった都道府県にお住まいの方々には申し訳ない限りではあるが、ちらほらとなんだかんだで旅行は楽しめたのだ。一部褒めてないって? いやでも、一番印象に残ったのがそれだったんで、旅行の印象としては十分ピックアップに値するものだろ?
 しかし、なんともモヤッとした感じは残る。視野が広がったのか?分からないことが分かるようになったのか?と問われると、あまり自身が持てない。やはり、自国の国内だけを旅する程度では、そうそう新しい感覚が閃くものでもないようだ。…となれば、次は海外か。コンプリートとかは流石に無理なので、行きたいところから行ってみよう。何年かかるか分からんので、目指してる途中で国がなくなったりするからさ。
 「…なんだ。戻ってきていたのか。意外と早かったな。」
 突然の声が、背後から。振り向くと、『彼』が立っていた。ぼくを機械にしてくれた恩人その人だ。半年くらい行方をくらまして全国をふらふらしていたぼくが言える義理ではないが、彼はたいそう神出鬼没だ。ぼくが何かを話したい時にはいないし、どうでもいい時に限って突然現れる。そう、今のように。
 「あぁ。ちょっと日本全国を回ってきたんだ。本当は一年くらい回るつもり…はまぁ特になかったんだけど、それでも思いのほか早く戻って来ちゃったかな。」
 彼はあさっての方向を向き、ボリボリと頭を掻きつつ、どうでも良さそうにぼくの話を聞き流していた。なんだよ、それなら話しかけるんじゃねぇよ、と心の中で悪態をつきつつ、久々の自室に戻ろうとしたら、彼はさらに声を掛けてきた。
 「んで…どうだった?」
 返答があったことが意外だったため、ぼくの返答は少し遅れた。
 「…ん、あ、あぁ。まぁ、フツーだったよ。もっと広い範囲を見たほうが良いみたいだ。次は海外――ヨーロッパとか、行こうと思ってるよ。」
 「…そうか。ま、色々見て、色々知ることだ。それが、俺の夢の続きでもある。金が足りなかったら言え。」
 彼はそう言うなり、自室のドアをピシャリと閉めた。夢の続き…?初めて彼から聞く言葉だった。何を意味するのか、今のぼくには分からなかった。けれど、彼は元からよく分からないところがある。気にしても仕方がないと、ぼくはその言葉を意識の外へと追いやった。
 自室のベッドに横たわり、特に必要でもない睡眠へ。ぼくは、次の行動のプランをぼんやりと練りつつ、虚空を見つめていた。

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